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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)5564号 判決

原告

谷口勇

右訴訟代理人

上田稔

被告

株式会社大阪読売新聞社

右代表者

務台光雄

右訴訟代理人

塩見利夫

外四名

被告

株式会社大阪新聞社

右代表者

石黒英一

被告

株式会社産業経済新聞社

右代表者

鹿内信隆

右両名訴訟代理人

熊谷尚之

外二名

被告

株式会社徳間書店

右代表者

徳間康快

右訴訟代理人

斉藤弘

被告

難波豊房

被告

桝居孝

右両名訴訟代理人

萩原潤三

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一原告がもと大阪府堺工業高等学校の定時制課程教諭であつたことは、全当事者間に争いがない。

二そこで、原告の被告読売新聞に対する請求について判断する。

1  先ず、被告読売新聞がその発行にかかる昭和四一年五月二四日付「読売新聞」大阪版朝刊社会面に、原告主張の見出しを付した別紙(一)の1記載の記事を、同じく同年一二月一三日付「読売新聞」大阪版朝刊社会面に、原告主張の見出しを付した別紙(一)の2記載の記事を、それぞれ掲載してこれを不特定多数の読者に販売・閲読させたことは、当事者間に争いがない。

2  そこで次に、前記各記事が原告の名誉を毀損するものであるか否かについて判断する。

(一)  別紙(一)の1記載の記事について

右記事は、次の如き事実、すなわち

(1) 原告は、公立学校の教員として許されないのに、二つの会社を設立して社長に就任したとのこと、

(2) 原告は、昭和三八年一二月ごろ、高校教師の肩書を信用させてAさんに金を貸したとのこと、

(3) 原告は、差し押え寸前にあるAさんに対して、「わたしが担保物件をまもつてあげよう」と親切そうに持ちかけ、別口の約一〇〇万円をAさんに貸しているような公正証書を作成し、逆にその公正証書でAさんの財産を差し押え、競売処分にしてしまつたとのこと、

(4) 原告は、「借りてもいないカネが借りたことになつている」などという民事訴訟一〇件に当事者として関与し、そのうち一件をのぞいては弁護士も頼まずに自分で訴訟行為を行ない、そのために勤務はますますおろそかになつたとのこと、

以上の諸事実を具体的に摘示していることは右記事自体によつて明らかであるところ、右(1)に記載の事実は、原告が地方公務員法(以下、「地公法」という。)三八条に牴触する行為を行なつていることを、右(2)(3)の各事実は、原告が教育公務員としての信用と名誉を傷つけ、その職にふさわしくない非行をなし、もつて地公法三三条に牴触する行為を行なつたことを、右(4)の事実のうち、「原告が民事訴訟一〇件に関与し、うち九件は自ら訴訟行為をした」との事実については、そのこと自体において、原告を非難しているのではなく(したがつて、右自体は名誉毀損ではない)、右訴訟事件に関与することによつて、勤務がおろそかになつている点をとらえ、これを問題にしているのであつて、右は原告が、教育公務員としてその職務に専念すべき義務を怠り、もつて地公法三五条に牴触する行為を行なつたことを、それぞれ具体的に摘示したものというべきであるから、右各事実を掲載した記事は、教育公務員としての原告の社会的評価、信用を低下させ、したがつて原告の名誉を毀損するものというべきである。

(二)  別紙(一)の2記載の記事について

右記事は、次の如き事実、すなわち、

(1) 原告は、裁判所を舞台に詐欺を働いたこと、

(2) 原告は、昭和三九年はじめころ、訴外神前雄所有の土地を担保にして、和歌山相互銀行から一〇八万円を借りたが、返済不能となつたので、同年七月二日、右神前と共謀して、同人が右土地を担保に入れる前から、原告がこれを賃借していた旨の内容虚偽の公正証書を作成して、右銀行に差押をあきらめさせたとのこと、

(3) 原告は、訴外脇田豊吉名義の連帯保証書を偽造して、泉佐野簡裁から同人に対する支払命令を得ていた(私文書偽造、同行使)とのこと。

以上の各事実を具体的に摘示していることは、右記事自体によつて明らかなところは、右事実はいずれも原告の犯罪行為を具体的に摘示したものというべきであるから、記事部分は、原告の名誉を毀損するものというべきである。

3  次に、前記のとおり原告の名誉を毀損した別紙(一)の1、2に各記載の記事が、いずれも被告読売新聞の被用者である取材記者が取材し、これに基づいて、同じく同被告の被用者である編集担当者等が編集のうえ、各「読売新聞」大阪版紙上に掲載されたものであることは、被告読売新聞において明らかに争わないところであるからこれを自白したものと看做す。

4  ところで被告読売新聞は、本件各記事中、原告の名誉を毀損する記事部分は、いずれも公共の利害に関する事実にかかり、しかもその目的は専ら公益を図るに出たものであり、かつ右記事部分はすべて真実である、仮に真実でないとしても被告読売新聞の被用者に右事実を真実と信ずるにつき相当の理由があつたから、被告読売新聞社に不法行為の責任はない旨主張するので、この点につき判断するに、新聞記事が他人の名誉を毀損する場合であつても、右記事を掲載することが、公共の利害に係り、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることの証明がされたときは、右行為は、違法性を欠いて、不法行為にならないものというべく、また、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者において、右事実を真実と信ずるについて相当の理由がある場合には、右行為には故意、過失がなく、不法行為は成立しないものと解すべきであり(最高裁判所昭和四一年六月二三日判決・民集二〇巻五号一一一八頁参照)、また、右にいわゆる真実の証明は、新聞による報道の迅速性の要求と、客観的真実の把握の困難性等から考えて、記事に掲載された事実のすべてにつき、細大もらさずその真実であること迄の証明を要するものではなく、その主要な部分において、これが真実であることの証明がなされれば足りるものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、まず右各記事中、原告の名誉を毀損する記事部分は、教育公務員である原告の地方公務員法の規定に牴触する行為あるいは原告の犯罪行為に関するものであつて、それが公共の利害に関する事柄であることは右記事自体から明らかなところ、右各記事の内容〈証拠〉によれば、被告読売新聞の被用者である取材記者及び編集担当者等は、いずれも本件各記事につき、専ら公益を図る目的でこれを取材し、編集し、その結果前記各記事が掲載された新聞が発行されたものと認めるのが相当である。

5  そこで、以下に、前記原告の名誉を毀損する各記事部分につき、右にいわゆる真実の証明があるか否かについて判断する。

(一)  別紙(一)の1記載の記事について

(1) 前記2の(一)、(1)の事実を摘示した記事部分について

〈証拠〉を総合すれば、次の如き事実が認められる。すなわち、

(イ) 原告は、昭和三八年頃、当時個人経営として金属業を営み倒産した訴外奥野忠雄から、株式会社の設立につき発起人になることを依頼されてこれを承諾し、印鑑証明書を同人に交付したが、右奥野は、原告が銀行等金融関係に信用があつたところから、同年四月九日、原告を代表取締役として、商号を「株式会社商海金属」、目的を亜鉛及び鉛の製煉並びに販売とする資本金二〇〇万円の新会社を設立し、その旨それぞれ登記手続を了したこと、原告は、右会社が設立されてから約一ケ月後に右奥野から右の事実を知らされ、当初は憤慨して代表取締役への就任を断つたものの、結局これを諒承し、その後任命権者の許可を受けないまま放置していたこと、もつとも、右南海金属は、前記奥野が実権を握つて経営にあたり、原告は同会社に出勤したことも、報酬を受領したこともなかつたこと、

(ロ) 次に、原告は、昭和三八年一二月中旬頃から、当時亜鉛の製煉等を目的とする貝塚金属株式会社を経営していた訴外神前道雄に金融していたが、右貝塚金属は昭和三九年五月七日倒産し営業を休止したため、原告は、右神前と相談のうえ、原告を代表取締役とする同様の新会社を設立して、その営業利益をもつて原告の右神前に対する資金を回収することを企図し、同年七月二日、商号を「株式会社貝塚産業」、目的を各種鍍金業、各種亜鉛、石油製品の加工並販売とする資本金一〇〇万円の新会社を設立し、任命権者の許可を受けないで、その代表取締役に就任してその旨それぞれの登記手続を了したこと、右株式会社貝塚産業は設立後、原告を会社代表者名義とする約束手形を振り出しており、原告も右貝塚産業がその営業を休止するまでの同年一一月まで、時折午後四時頃まで同会社に出社していたこと、さらに原告は、昭和四〇年一〇月二〇日頃、日頃使用している自己名義の自動車(ダツトサンブルーバード・大5ぬ3603)を右貝塚産業名義に登録替えを行ない、その後時たま右会社名義の自動車で勤務先の学校に通勤していたこと

以上の如き事実が認められ、〈証拠判断略〉。

以上認定の事実によれば、貝塚産業における原告の代表取締役としての地位は、単なる名義上のものとはいえず、原告は自ら同会社の代表取締役に就任し、かつ、その営業に関与したものと認められるので、原告が貝塚産業について役員たる地位を兼ねたことは明らかであり、また、原告の南海金属の代表取締役に就任した点は、当社は原告に無断であつても、結局原告において就任を納得した以上、たとえ同会社における経営の実権が代表取締役たる原告になく、また、原告が同会社に出勤したり、役員報酬を受けることがなかつたとしても、同会社の役員たる地位を兼ねたものというべきである。

そうだとすれば、別紙(一)の1記載の記事中、前記2の(一)、(1)の事実を摘示した記事部分は、その主要な部分につき真実の証明があつたものというべきである。

(2) 前記2の(一)、(2)の事実を摘示した記事部分について

前記(一)の(1)、(ロ)に認定の事実に、〈証拠〉を総合すると、原告は、昭和三八年一二月中旬頃、脇田良子を介し、前記貝塚金属株式会社を経営していた訴外神前道雄から、同会社の資金操りに必要な融資の依頼を受けたこと、そこで原告は右神前に対し、右融資に応ずるための条件として、同人の家屋を担保に提供することを要求したところ、右神前はこれに難色を示して態度を暫く留保していたこと、ところが、原告は、右神前の息子喜代志が、かつて佐野工業高等学校に勤務していた時代の教え子であることを知つたので、右神前に対し、「家を担保に入れても、何もこわいことはない。」「教え子の親に悪いことはしないから。」等と申し向けて同人を安心させ、同人も原告が自分の息子の先生であるところから、原告から金を借りても不利なことはなく、これに関する紛争も生じないものと信じ、昭和三八年一二月中旬頃から翌昭和三九年一月上旬にかけて、同人所有の家屋を担保に、二回に亘り合計金一〇〇万円を利息月三分の定めで借り受けたこと、以上の事実が認められ、〈証拠判断略〉。

以上の認定事実によれば、原告は、昭和三八年頃、訴外神前道雄に対し、自己が高校教師であるというその肩書を信用させて、金員を貸与したものというべきであるから、別紙(一)の1記載の記事中、前記2の(一)、(2)の事実を摘示した記事部分は真実の証明があつたものというべきである。

(3) 前記2の(一)、(3)の事実を摘示した記事部分について

〈証拠〉を総合すれば、次の如き事実が認められる。すなわち

(イ) 前記貝塚金属株式会社は、昭和三八年一二月九日、和歌山相互銀行岸和田支店との間に、相互掛金契約を締結して金一五〇万円の貸付けを受け、その際前記神前道雄、藤原加雄及び岩城英男の三名が連帯保証をしたこと、その後右当事者らは、昭和三九年二月二五日、給付金債務弁済に関する契約公正証書を作成したこと、

(ロ) ところが右貝塚金属は、右貸付け金を完済しなかつたため、右銀行は、同年六月一〇日、右公正証書に執行文の付与を受け、これに基づき右貝塚金属及び右連帯保証人らの動産に対して強制執行すべく準備する一方、右神前に対して貸付け金の返済を催告していたこと、

(ハ) ところで、たまたま、右銀行が神前らに対する動産について強制執行をしようとしていることを知つた原告は、右神前に対し、「こんなことをしていたら、お前達の動産は全部銀行に差押えられるから、差押えられないようにしてやる。」と持ちかけ、原告の提案で、右神前、藤原加雄及び岩城英男の三名が右銀行の強制執行を免れるようにするため、内容虚偽の公正証書を作成して、右三名が原告に債務を負担し、その担保のためそれぞれ各自所有の動産を原告に譲渡したように仮装することにしたこと、

(ニ) そこで、原告及び右神前は、その頃、公正証書の作成に必要な各種書類、印鑑等を用意したうえ、岸和田市内の公証人岡崎隆役場へ赴き(なお、右神前は、右藤原及び岩城両名の代理人も兼ねていた。)、同公証人に対し、前述の如き虚偽の申立を行ない、同月二二日付で、「神前道雄が昭和三九年四月二五日、弁済期日を同年一〇月二五日、利息を年一割八分として、原告から金九九万九五〇〇円を借受け、藤原加雄及び岩城英男がこれを連帯保証し、右債務の履行を担保するため、右神前、藤原及び岩城の各所有動産を原告に譲渡した。」との内容虚偽の公正証書一通(昭和三九年第五〇六号)を作成させた上、これを右公証人役場に備え付けさせ、もつて、権利義務に関する公正証書の原本に不実の記載をなさしめ、さらに、右公正証書に基づいて、右銀行が神前らに対して行なつた強制執行に対する執行停止を得たこと、ところが、原告はその後、右公正証書に基づいて、右神前らの財産に対して強制執行を行なうようになつたこと、なお、原告は、右公正証書を作成させた点について、公正証書原本不実記載、偽造公文書行使、強制執行妨害の各罪で起訴され、昭和五〇年九月一九日、大阪地方裁判所岸和田支部において、有罪判決を受けたこと、

以上の事実が認められ、〈証拠判断略〉。

右認定の事実によれば、神前道雄の経営にかかる貝塚金属が銀行から金を借り、これを連帯保証した右神前が右銀行から強制執行を受けそうになるや、原告が「銀行から強制執行を受けないようにしてやる。」と持ちかけ、「原告が右神前に金九九万九五〇〇円を貸しつけた。」旨の内容虚偽の公正証書を作成し、逆に右公正証書によつて右神前に対して強制執行を行なつたものというべきであるから、別紙(一)の1記載の記事中、前記2の(一)、(3)の事実を摘示した記事部分は、その主要な部分につき真実の証明があつたものというべきである。

(4) 前記2の(一)、(4)の事実を摘示した記事部分について

(イ) 〈証拠〉を総合すると、昭和四一年五月当時、原告の前記神前道雄外数名に対する資金をめぐり、原告と借主あるいはその連帯保証人らとの間に、請求異議事件やその他何件かの民事訴訟事件が大阪地方裁判所岸和田支部に係属していたこと、そして、原告は、右訴訟事件の多くについて、これを弁護士に委任せず、自らその訴訟行為をし、昭和四〇年一月ごろから昭和四一年三月ごろまでの平日の午後一時ごろより午後四時三〇分までの間、数回に亘つて、右民事訴訟事件のために当事者本人として右裁判所に出廷したこと、なお、右裁判所に出廷するに当つては、後記の如く勤務時間中であるに拘らず、休暇届を出さなかつたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(ロ) ところで、〈証拠〉を総合すると、大阪府立の高等学校定時制課程に勤務する教職員の勤務時間の割振りについては府立の高等専門学校、高等学校の職員の勤務時間、休日、休暇に関する規則(昭和四一年一月一七日大阪府教育委員会規則第一号)第二条第一項第二号の規定によつて、勤務時間は一日七時間二〇分、始業時刻は午後〇時五五分、終業時刻は午後九時とされていること、もつとも原告が勤務していた堺工業高校定時制課程の教職員は右の如き勤務時間の割振りであつたにもかかわらず、特別の指示がない限り、出校日は慣例として午後四時三〇分ごろまでに出校すればよいとされ、教職員の全員は右慣例にしたがつて出校し、しかも、出校日の午後〇時五五分から午後四時三〇分ごろまでの時間を如何に過ごすべきかの点についての指示は特にされていなかつたこと、しかしながら、右出校日の午後〇時五五分から午後四時三〇分ごろまでの時間については、教職員の担当職務に稗益すべき自己研修や、本来の職務関係に使用すべく制約されているのであつて、これと背馳するような使用は勤務時間の本来の趣旨に照らして許されないものであること、以上の事実が認められる。

(ハ) しかして、右(イ)(ロ)の各事実に後記(二)の(1)に認定の事実を総合すると、原告は金を貸してもいないのに貸したとして訴訟を提起し、また、前記認定の原告の裁判所への出廷は、いずれも勤務時間中における職務外の行為であると認めるのが相当であつて、一般国民の立場からみれば、原告が右の如く勤務時間中に裁判所へ出廷したことは、それが地公法に違反するもので懲戒事由に該当するものであるか否かは別として、その本来の職務をおろかにし、いわゆる地方公務員としての職務専念義務に違反するものと評価されても巳むを得ないものというべきであるから、別紙(一)の1記載の記事中、前記2の(一)、(4)の事実を摘示した記事部分はその主要な部分につき証明があつたものというべきである。

(二)  別紙(一)の2記載の記事について

(1) 前記2の(二)、(1)(3)の事実を摘示した記事部分について

〈証拠〉を総合すれば、次の如き事実が認められる。すなわち

(イ) 原告は、昭和三七年頃から訴外奥野忠雄に対して、同人の事業資金を融資していたが、昭和三八年二月頃には、右融資額は、元利合計金二二〇万円程度になつていたこと、

(ロ) 一方右奥野は、原告からの融資だけでは足りなかつたので、知人の脇田豊吉からも融資を受けていたところ、その後さらに右脇田から株券を借り受けることになり、同年三月三〇日に、右奥野と脇田が南海電鉄岸和田駅で待合せのうえ、右株券の授受を行なうことにしたこと、

(ハ) ところが、このことを知つた原告は、右奥野と共謀の上、右奥野と脇田が右株券の授受をするための所要書類を作成する機会に、右脇田が奥野の原告に対する借受金債務金四四〇万円を連帯保証する旨の借用証を偽造し、これによつて将来脇田から金四四〇万円を取立てようと企て、同年四月三〇日、南海電鉄岸和田駅の岸和田市宮本町一六三番地喫茶店「雅宛」において、原告が、かねて用意していた「証」「一、金(以下空白)、右正に借用致しました。弁済期昭和三八年六月末日、借主奥野忠雄(宛名として)谷口勇殿」等と記載した書面の連帯保証人欄に、たまたま、右株券授受のため同所に来合わせていた前記脇田が、所用で、席をはずしたすきに、同人がテーブル上に放置していた同人の実印を盗用して、押捺したこと、その後、原告は、右両書面に金額、利息その他所要事項を記載し、もつて、右脇田豊吉が右奥野忠雄の原告に対する金四四〇万円の消費貸借債務を連帯保証する旨の脇田豊吉作成名義の文書一通を偽造したこと(なお、この文書偽造について、原告は私文書偽造の罪で起訴され、昭和五〇年九月一九日、大阪地方裁判所岸和田支部において有罪判決を受けた。)、これを利用して、泉佐野簡易裁判所に対し、脇田豊吉を相手方として支払命令を得たこと、その後、右支払命令に対しては脇田から異議申立がなされ、通常訴訟として審理をされたが(大阪地方裁判所岸和田支部昭和三八年(ワ)第一六三号事件)、原告は、右訴訟において、右偽造にかかる借用証等を提出し、かつ、訴外奥野忠雄に対し、右訴訟事件で証人に喚問された場合は、右偽造にかかる借用証等はいずれも真正に作成されたもののように証言するよう教唆したこと

以上の如き事実が認められ、〈証拠判断略〉。

しかして、右のような事実関係からすれば、原告が、「裁判所を舞台に詐欺を行なつた」と言われても巳むを得ないものというべきであつて、別紙(一)の2記載の記事中、前記2の(二)、(1)(3)の各事実を摘示した記事部分は、真実の証明があつたものというべきである。

(2) 前記2の(二)、(2)の事実を摘示した記事部分について

〈証拠〉を総合すれば、和歌山相互銀行岸和田支店は、前記貝塚金属株式会社に対し、昭和三八年一二月九日に金一五〇万円を、昭和三九年一月二一日に金二〇万円をそれぞれ貸し付け、右債権を担保するために、いずれも右貝塚金属の代表取締役である神前道雄所有の宅地(22.12坪)及び山林(一九坪)に対して、根抵当権及び仮登記担保権を設定し、右根抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全仮登記を経由していたこと、ところが右貝塚金属が前記貸付け金債務を完済しなかつたため、右銀行は、昭和三九年六月頃、連帯保証人である右神前外二名の動産に対して強制執行を行なつたところ、前記(一)、(3)の(ニ)(ホ)に認定したとおり、原告によつて、右強制執行を妨害されたこと、そこで右銀行は、前記神前所有の宅地及び山林に対する根抵当権を実行すべく準備していたところ、原告は、同年七月一日付で、原告が右宅地及び山林を右神前から賃借した旨の公正証書(昭和三九年第五五七号)を作成したこと、そのため右銀行としては、右宅地及び山林に対する根抵当権の実行を行なつても、買手もつかず、競落金額も極めて低くなるところから、右根抵当権の実行を断念せざるをえなかつたこと、以上の如き事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そうだとすれば、別紙(一)の(2)記載の事実中、前記2の(二)(2)の事実を摘示した記事も、その主要な部分につき、真実の証明があつたものというべきである。

6  したがつて、別紙(一)の12記載の記事中、前述の原告の名誉を毀損する部分は、公共の利害に関する事実に係り、右記事の掲載は、もつぱら公益を図るに出たものであり、しかも摘示された事実が真実であることの証明がなされたものというべきであるから、被告読売新聞の被用者が右各記事を取材し、編集した結果、右各記事を掲載した新聞が発行されたことにつき、被告読売新聞に不法行為の責任はないものというべきである。

よつて、原告の被告読売新聞に対する本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなくすべき理由がない。

〈中略〉

五次に、原告の被告徳間書店に対する請求について判断する。

1  被告徳間書店が、その発行にかかる週刊誌「アサヒ芸能」昭和四一年六月一二号の第二四ページから第二六頁にかけて、原告主張の見出しを付した別紙(四)記載の記事を掲載してこれを不特定多数の読者に販売・閲読させたことは、当事者間に争いがない。

2  そこで次に、前記記事が原告の名誉を毀損するものであるか否かについて判断する。

(一)  右記事は、次の如き事実、すなわち、

(1) 原告は、公立学校の教員でありながら許可なく二つの会社の社長を兼任したこと。

(2) 原告は、学校教員という肩書を利用して金貸しを行つたこと、

(3) 原告は、勤務時間中に会社の仕事をし、裁判所に出向いて訴訟行為を行なつたこと。

(4) 原告は、妻がありながら二人の女性と同棲したこと。

(5) 原告は領収書魔であること。

(6)  原告は、女子高学生を自分の部屋に入れ、鍵をかけておかしなそぶりを見せはじめたこと、及び、女子工員などと関係をもつたこと。

(7) 原告は、証拠物件を偽造し、訴外神前道雄に対して借りない分の公正証書までつきつけたこと。

以上のような事実を具体的に摘示していることは、右記事自体に照らして明らかである。

そして、右(6)の事実を摘示した部分は、いずれも原告が好色であり、教育公務員としてふさわしくない行為をしたということに関するものというべきであるから、右記事部分は、原告の名誉を毀損するものというべく、また、右(1)ないし(4)(7)の事実を摘示した部分も、前記二の2(一)(1)ないし(4)、三の2の(4)と同様の事実を摘示したものであるから、前述の通り、いずれも原告の名誉を毀損するものというべきである。

(二)  なお、原告は、右記事のうち、原告が領収書魔であるとの事実を摘示した部分は、領収書を収集すること自体何ら非難されるべき行為ではないのに、これを非難するものであつて、その名誉を毀損するものであると主張するが、右部分は、原告を非難した記事でないことは、右記事自体に照らして明らかであるから、右記事により原告の名誉が毀損されたとの原告の主張は失当である。

(三)  ところで、被告徳間書店は、別紙(四)記載の記事のうち前記原告の名誉を毀損する記事部分は、それより以前に、「読売新聞」をはじめ、ほとんどの一流新聞各紙が大々的に写真入りで報道していたものであつて、既に公知の事実となつていたものであるから、被告徳間書店の発行した週刊誌の本件各記事によつて、原告の名誉が毀損されることはない旨主張するが、右原告の名誉を毀損する事実が当時公知の事実であつたことを認め得る証拠はないから、右被告徳間書店の主張は失当である。

3  次に、前記のとおり原告の名誉を毀損した別紙(四)に記載の記事は、被告徳間書店の被用者である取材記者が取材し、これに基づいて、同じく同被告の被用者である編集担当者等が編集のうえ、「アサヒ芸能」誌上に掲載されたものであることは、被告徳間書店において明らかに争わないところであるからこれを自白したものと看做す。

4  次に、右記事中の名誉を毀損する記事部分は、原告の地方公務員法の規定に牴触する行為あるいは教育公務員たるにふさわしくない行状に関するものであつて、それが公共の利害に関する事柄であることは疑いないところ、右記事の内容及び証人菅原善雄の証言によれば、本件記事の狙いは、原告がいかに教育公務員としてのモラルを逸脱しているかを先の新聞報道よりもより掘り下げて取り上げ、これを公表することによつて、一般の読者に警告を与えるとの意図に出たことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はないから、被告徳間書店の被用者たる取材記者及び編集担当者は、いずれも専ら公益を図る目的で取材し編集のうえ、前記各記事を掲載したものというべきである。

5  もつとも、原告は、被告徳間書店の本件記事は、その見出しも「昼は金貸し、夜はイロゴト」とし、原告を「御仁」等と呼称し、原告の談話部分を「のたまう」などと表現して、原告をやゆするものであつて、専ら興味本位のいわゆる暴露的見地から原告の私生活をあばき原告を害する目的で本件記事を掲載したものであると主張するけれども、右の如き見出し及び表現方法をとつたからといつて、これを以つて直ちに、被告徳間書店の被用者において興味本位の暴露的見地から原告の私生活をあばき、原告を害する目的で本件記事を掲載したものとは認められないのみならず、かえつて証人菅野善雄の証言によれば、かかる表現方法は週刊誌における通常の表現のバラエテイーのひとつであつて、特に原告を侮辱するために用いたものではないこと、また、原告の女性関係等は、それが教育公務員としての職責、資質、品位にかかわる事柄であるところから、公益をはかる目的で、右に関する記事を掲載したものであること、が認められるから、右原告の主張は失当というべきである。

6  そこで以下に、前記原告の名誉を毀損する各記事部分につき、真実性の証明があるか否かについて判断する。

(1)  前記2の(一)、(1)ないし(4)、(7)の各事実を摘示した記事部分について

別紙(四)記載の記事のうち、前記(一)、(1)ないし(4)、(7)の各事実を摘示した記事部分については、前記二の5(一)(1)ないし(4)(二)の(1)(2)、三の5の(4)に認定した通り、いずれも真実の証明があつたものというべきである。

(2)  次に、前記2の(一)、(6)の事実を摘示した記事部分について

被告徳間書店は、別紙(四)記載の記事中、右2の(一)、(6)の事実を摘示した記事部分は真実である旨主張するが、右主張事実を認めるに足る的確な証拠はない。

そこで次に、被告徳間書店の被用者たる取材記者及び編集担当者等において、右記事部分を真実と信ずるについて相当の理由があつたか否かについて判断する。

〈証拠〉によると、次の如き事実が認められる。すなわち、(イ)、株式会社大阪興信所が昭和三五年頃、原告の素行等を調査して作成した報告書には、原告は、昭和三四年五月頃、女子高校生の清水美智子を甘言を以て東京から大阪の原告方自宅に招き、同女に昼間から酒を飲ませ、カーテン及び鍵をしめたので、右同女が逃げ出した旨の記載がなされていること、(ロ)、もと原告の妻であつた谷口千鶴は、原告との離婚訴訟(大阪地方裁判所岸和田支部昭和三四年(タ)三号事件)の本人尋問において、清水ミチ子が東京からきて原告に暴行されたことや原告の部屋で変なものを飲まされたということを右清水から聞いた旨の供述をしていること、(ハ)、被告徳間書店の別紙(四)記載の記事のうち、前記(6)に摘示の事実に関する部分は、同被告の従業員である訴外菅原善雄(「週刊アサヒ芸能」の特集記者)が昭和四一年五月頃来阪して、その取材を行ない、これに基づいて、同人が右記事の原稿を書いたものであるところ、訴外菅原は、右取材のため、先ず大阪府教委に赴き、同府教員の職員であつた被告難波から同府教委が原告の懲戒免職処分を行なつた際に、各報道機関に配布した原告に関するパンフレツトを貰つたこと、(二)、右パンフレツトには、原告が妻との間の離婚訴訟の最中に他の女性と関係し子供をもうけた旨の記載がなされており、この点につき被告難波は、訴外菅原に対し「女性関係のことはこちらであまり触れたくないが、色々な噂はきいているので、この発表は相当遠慮したものである」旨を述べたこと、その後訴外菅原は、原告について詳しく知つている府立佐野工業高校教諭某から原告の女性関係を取材したところ、同人は、「泉州情報」なるローカル新聞紙を示し、同新聞に掲載されている記事中、「谷本」なる人物に関する記事は原告についての記事であつて、右記事はすべて真実である旨を述べたこと、(ホ)なお、右泉州情報には、前記2、(一)の(6)に記載の如き事実を内容とする記事が掲載されており、訴外菅原が取材した原告宅の近隣住民も、右記事にある桃色先生は原告をさすものであることを知つていたこと、(ヘ)そこで、右菅原は、右事実が真実であると考え、編集担当者も右事実を真実と考えたこと、

以上の如き事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

してみると、被告徳間書店の被用者たる訴外菅原が本件取材及びその後の編集等の過程において、別紙(四)記載の記事中、右2の(一)、(6)の各事実を摘示した記事部分を真実であると信ずるについては相当の理由があつたものというべきである。

7  そうだとすれば、別紙(四)記載の記事中、原告の名誉を毀損する部分は、公共の利害に関する事実にかかり、右記事の掲載はもつぱら公益を図るに出たものであり、しかも前記2の(1)ないし(4)(7)の事実については真実の証明があり、また、前記2の(6)の事実については、被告の被用者において真実であると信ずるについて相当の理由があつたものというべきであるから、被告徳間書店の被用者が右記事を取材し、編集した結果、右各記事を掲載した雑誌が発行されたことにつき、被告徳間書店には、不法行為の責任は何らないものというべきである。

よつて、原告徳間書店に対する本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなくすべて理由がない。

〈中略〉

七以上説示したとおりであつて、原告の被告らに対する請求はすべて理由がないから、いずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(後藤勇 野田武明 三浦潤)

別紙〈省略〉

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